リウマチ外科医の徒然草

より良く生きるための抜け穴探しのゆる~いブログ

日本において大ボスとリラックスして話ができる環境は訪れるのか?

短期留学の折り返しを過ぎまして、

これから一日一日を大事にしないといけないなと思っています。

 

 

ところで、今日は世間一般について思うことを書いてみたいと思いました。

 

日本では大上司(大ボス)とリラックスして話せない

 

今朝、カンファレンスに向かう途中に、スターバックスのコーヒーを片手のまま大ボスに呼び止められた同僚を見ました。

 

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同僚は男ですが、イメージで

 

この同僚は電子カルテ上の記載を見ると、Ass. Prof.・・・・とありますので、大体私と同じくらいの職位でしょうか? 欧米人は顔から年齢が全く分かりません。(むしろ向こうが私を年齢不詳と思っているでしょうが笑)

 

 

これくらいの職位だと、もっと幹部もいますし、かといっていつでも辞められる身分でもないし、日本であれば大ボス(教授)に呼び止められたりすると、「いったい何を言い渡されるのだろう」と、戦々恐々、決死の覚悟で、まず姿勢と鉄壁の構えをしてから会談に臨まないといけません。

 

実際、とある医局では教授室に面談に行く際にはあえて略礼服で行くところもあると聞いています。少なくてもデニムではいかないですが、略礼服とは・・・

 

大昔と比べて、日本の教授の権威・権力は弱体化し、昔ほど暴れん坊将軍な教授は減少してきていますが、それでもなお、日本における教授とは畏敬の対象といえます。少なくても私はコーヒーを持ってたら、慌ててしまってこぼしてしまいそうです。どこかにおいてから、白衣を整えて向かいます。

 

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海外ではボスと話すのは気軽なのか?

ところが、このAss. Prof.は全くそのまま歩きながら話しているのです。コーヒーも手に取って、飲みながら・・・・('Д')

 

 

o.Univ.Prof.Smolenと話しているのですよ! 

大丈夫か! っと日本なら周りが慌てて、取り繕う場面です。

 

 

 

そのあとのカンファレンスで聞いてみました。

「ボスと話すのは緊張しないのか?」

「Not at all. But, it depends on the situation...   Yes and No...」

 

 

会議の際のスタッフの態度からも、どうもみんながリラックスしていることは承知していましたが、本当にそうとは。。。

 

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日本において何がわれわれを硬直させるのか?

 

緊張を強いる環境では、教授の一人勝ちで、周囲にイエスマンをばかりが取り巻くこととなるのは、周知の事実です。しかし、同時に一般企業を含めてそれを避けがたいというのも事実です。

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ただイエスマン環境は、企業や組織の結果的な弱体化・非効率化を生むことは誰もがわかっているはずです。どうしたら改善できるのか、重要な論点です。

 

われわれが硬直するのはなぜなのか?

そう、絶対君主制で逆らうと何をされるかわからないからです。医局の場合は人事権でしょうか? 人事なんて、正直もはや砂上の楼閣で、民間医局のような人材紹介業の会社は、医局をやめる人間を喉から手が出るほど欲しがっています。彼らにとっては医師は紹介する商品で、よくたとえて「弾切れ」と、紹介人材不足のことを言うようです。

 

 

おっと、話がずれました。医局における人事権ですよね。

本来ならば逆にスタッフにまでなればなるほど、辞められると困るのは組織の方、失うのは組織。業務において受益者は組織なので、われわれ被用者に権利があるはずです。なにをどうしてこれを反対に見せているのでしょうか?何かのマジックがあるはずです。

 

三国志時代の中国を念頭に置いてみました。

あのころは生きるのも大変な時代で、誰かが搾取をして、搾取される方が死あるのみでした。なので、されもが搾取する側に回りたい。偉くなって、手柄を上げて、より家族を含めて楽に生きれるようにしたい。

 

そのために鍛錬して強兵となったり、勉強して官吏になったりしたはずです。

 

現在の世の中の仕組みからすると、もうそんな時代ではないはずです。

家計のために軍人になる必要もありません。 

 

本来医師になったならば、非都会で働くほど世のためになりますし、実際に不足しているところはいっぱいあります。医局をクビにされても、生活の場を変えれば、世のために働くことはできるので、体制に支配されるのを嫌うことはそこまで難しくないはずです。

 

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あくまで私の考えですが、もしかして、自分自身を枠にはめているのは自分自身かもしれません。教授から、他のえらいさんから見せられるこうあるべきという枠に、自分自身がはまっているのかもしれません。

 

 

www.orthopaedicrheumatologist.com

 

やっぱりここに行きつきます。

 

他人に自分の考えを当てはめる人が、日本には多すぎるということです。

ほっとけ人の人生だ。自分できめてがんばらはったらいいのです。枠を当てはめられて、その枠をうけいれてしまっているのでしょう。

 

その理由としては、絶対君主できる期間が長すぎる。

教授にいったんなるとやめるか、不祥事以外ではKINGで居続けるが問題です。

 

こちらでは、ボスがもちろん人事権を持っているのでしょうが、他人をコントロールすること自体に価値が置かれていない。そのため、誰もその人事権に対して畏敬の念も持たない。他人のことに口を出さない。仲良くすることと、日本のようにつるむことは違います。

 

つるむ ≠ 仲良し

                                                                であります。

 

 

 

以前、日本の大ボスに言われたことがあります。

「この世の中は、スモールグループの一部の人間が決めて動かしているんだ」

「いい働きをしたらそこに入れてあげるよ」

「そうしたらいい思いができるよ」

 

\(◎o◎)/!

 

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あえて清貧でいたい

なるほど。

日本の政治はそうやって回っているのですね。

森友問題なども全部それです。為政者の「仲良しつるみグループ」内での利益の回しあい。投資でいえば、完全にインサイダー取引なのですが、、、、

 

 

徹しきれない自分が弱いのかもしれませんが、

上司の前でリラックスできるためには、日本の文化に負けないで、自分自身の有様をきっちり決めておかないといけませんね。

 

 

前述のAss. Prof.に、「僕らはリラックスできないんだ。彼はいつでもどこでも僕たちを異動させられるからね」というと、怪訝そうな顔をしていました。

 

まったくわからない価値観なんでしょうね?

 

いっそ日本の価値観を自分の中からdeleteしたいとすら思いました。

 

長文でしたが、ご覧いただきありがとうございます。